公開日 2008年12月8日 | 探訪日 2008年9月14日 |
更新日 2009年1月31日 | 河之邊 浩 |
焦茶色のガードレールの崖から、今さっき来た道を振り返って新東開橋の全景を撮影する。右手に見える石垣のところから旧東開橋へと旧道を下って行ったのだった。こうして見るとやはり道路の拡幅のために斜面が削り取られた様子が良く分かる。開削を逃れたのであろうか山林が残されている部分とそうでない部分とがはっきり分かれている。元々はもっとなだらかな斜面であったのだろう。
もう少し崖から身を乗り出してこれから足を踏み入れる方角を撮影してみる。奥の方には幾つかの赤い矢印マークのバリケードと停車している乗用車が見える。
そして左下には南倉沢の看板が見える。
崖を離れ、一旦南倉沢集落の方に行くと、まず左手に墓地が見えて来る。そしてすぐに途中から右手の新道へと分岐するこの2車線の新しいアクセス道路が現れるのだ。上の写真では隠れているが、南倉沢の看板が見えるあたりへと通じている。このアクセス道路もご覧の通り元々あった地形を大胆に切り落して通されたことが分かる。
右の真新しい階段は先ほどとは別の墓地に通じているものではないかと思うのだが、足を運んで確かめるのは控え、先を急いだ。
新道に合流する。左手のアクセス道路からやって来て、少し戻ったところから撮影したところ。新道はなおも登坂車線が続いている。
ここから新道は未開通となる。この先、歩道はなくなるとともに、自転車歩道通行可の標識も当然「ここまで」と表示されている。南倉沢が甲子峠までの最後の集落であるから、歩道がここまでというのは妥当なところか。赤い矢印マークのバリケードの奥には立看板が見えている。
赤い矢印マークの示す先、左側への分岐が懐かしい旧道である。いや、まだ新道開通前なので厳密には現道ではある。
一番奥の看板には、「開通をお待ちの皆様の駐車位置・駐車順番 案内図」とある。開通日には、ここに開通待ちの乗用車が列を成すことであろう。先ほどの崖の上から写真を撮っている間にも数台を連ねたオートバイのグループや乗用車がこのあたりまで来て看板を見ては引返していった。開通初日の通行を目論んでいたのであろうか。しかしその内の何台かは甲子峠の方角へと進んで行った。
ここで結構大型のロングタイプのバンに乗って来た地元の方と思しき年配の叔父さんがやはりこの看板を見に来ていたので少し会話したのだが、新道が開通することに対する期待の大きさの半面、秘境の地であるはずだったこの界隈にも見知らぬ都会人が容易に来てしまえるようになることに不安があるような複雑な心境のようであった。
さて、旧道を進むことにしよう。時刻はもう11時52分だ。さっき会話していた叔父さんのロングタイプのバンにこのあたりで抜かされる。この時間から甲子峠に行くのだろうか?
これは後になって甲子温泉に着いてから分かるのだが、なんと温泉旅館の大黒屋さんの駐車場に同型のバンが駐車されていたのだった。ナンバーまでは覚えていなかったから断定はできないが、車体の裾が泥で薄汚れしていたので、林道を通過していったのではないかと思う。
勾配がだんだんイイ感じにきつくなってくるのは上の写真の建物との対比でも明らかだ。速度も早歩き程度にまで落ち込む。だからといって徒歩で同じ速さで行けるかというとそういうわけではなく、もし歩いたとしてもきっとつらい坂なのであろう。
看板の道路情報には「白河方面へは通り抜け出来ません」とある。そう、確かに自動車はね。でも徒歩なら登山道がありますから。では自転車は?
今回、自転車は登山道区間では荷物として割り切って行こうと考えている。乗車できればそれに越したことはないが、無理に乗車にこだわるのではなく、登山道国道という現代の街道を忠実にトレースする山旅を堪能することに重点を置くのだ。
とは言っても、その現代の登山道国道もあと一週間限りだ。この限られた期間に訪れることができたのは本当に幸運なことだ。
前方を横切る新道が見えてきた。旧道は左手へと進んで行くが、右手に分岐する道も見えている。
右手に分岐する道はこのように新道を短いトンネルでアンダークロスしている。この道は観音川を渡り大鹿沼山を越えて、観音沼、野際新田、そして那須大峠へと続いて行く道である。
そのトンネルの左上には新道を行くサイクリストの姿が小さく写っているのがお分かりだろうか。
右手にちらりと見える新道と並走する形になってきた。サイクリスト氏は右上の青看板直下の合流点でこちらに折返すなり、この旧道を結構なスピードで下っていってしまった。軽装備だったので地元の方がトレーニングコースとして利用しているのだろうか。道路の状況をいろいろと聞ければよかったのだが・・・
新道との合流点付近は舗装も新しくセンターラインも敷かれていた。「試験中」の黄色の張り紙が付けられた電光掲示板が開通間近であることを生々しく物語っている。
電光掲示板の下に見える看板には「現在地」と先ほど通過した「一般交通開放起点」が大きな丸印で表示されている。勾配を緩和するためか、新道は大きく南西側に迂回していることが分かる。
確かに旧道は緩い勾配ではなかったが、甲州や信州のように国道であっても永遠に続くきつい坂道と比べればそれほどつらいわけではなかった。鉄道の線形ではないのだから迂回し過ぎかとも思ったが、冬季の降雪や積雪を考慮して勾配を緩和しているのであろう。長い登坂車線と合わせてかなり高規格な道路である。
先ほど通過してきた、新東開橋、南倉沢入口、そして南倉沢集落の位置もそれぞれはっきりと表示されている。
新道を振り返って撮影する。「スカイライン」とはまさにこういう道のことを言うのだろうと思った。それほどまでに開放的で現代的な道路に仕上っている。
でも自転車で走って楽しいかどうかは別の話。下りはまあ良いかもしれないが、夏場の登りは暑さで辛そうなので敬遠したい。
登坂車線はこの合流地点直前で終了している。
合流地点を後にして、さらに進んで行く。左側の石垣はその色合いからして旧道時代からのものであろうか。少し古い感じの中を進んで行く。勾配はだんだん緩くなってきた。
黄色の警戒標識の先に見える国道289号線の標識には、「下郷町」「南倉沢」と表示されている。
警戒標識の通り左にカーブしてから、下のように右に大きくカーブする。カーブ外側の余地がかなり広い。
このあたりから道路は標高950m弱のコンターライン上を水平に進んでいくようになり、自ずと速度も増していくので、ギヤを進段していく。広い路幅は保ったままだが、林の中を快走していくのが少し楽しい。
おやっ、路肩に100kmポストが、と思いブレーキをかけたが少し通り過ぎてしまったので、振り返って撮影する。今さらなのであるが、国道289号線の起点は新潟県新潟市である。しかしこの地点で100kmとは、ずいぶん近いものだと感じられた。
帰宅後、距離を計ってみると、国道121号線と国道401号線の重複区間を含めたと仮定すると、0km地点はなんともう一方の未開通区間である八十里越から鞍掛峠近辺となってしまう。重複区間を含めなくても起点の新潟県新潟市にはほど遠いため、県境を起点にしているということなのだろう。
少し周囲が開けてきた。なおも進むと水平区間は終わり、緩いものの勾配が増してきて速度は鈍ってくる。雨沼のあたりまで、もうすぐのはずだ。
この先、カーブを右に曲がり、しばらくゆるい勾配を進んで行くと、左手に水場があったので、補給しておいた。工事関係者が利用するためのものなのか、良く整備されていた。
いよいよ着いた。新道と旧道の分岐地点である。前方に見える山は足倉山だろうか。左手の旧道は以前はこちら側から連続的に続いていたはずなのだが、今やすっかり脇道のようになってしまっている。
前方には工事に関連した多数の看板が陳列されている。良く見ると赤い矢印マークのバリケードの向こう側には大型のバスが停車している。しばらくするとこのバスは未開通区間へと走っていってしまった。このバスの他にも乗用車が何台か行き来していた。今日は日曜日で工事は休みだし、何のためだろうか。大型バスというのもなんだかおかしい。
また現れた一般交通開放起点を示す看板。ここまでは現道区間ではあるものの、開通した新道を通行するには、先ほどの南倉沢の地点で待つようにとのことである。
ここまでほぼ水平だった区間もこの地図に示されるように現道の南側に南倉沢トンネルそして南倉沢橋を含む新道が予定されているが、工事をしている雰囲気は感じられなかった。
下の写真はさっきまで大型バスが停車していたバリケードの向こう側の様子。まだまだ工事中なのか、この旧道との分岐付近にはセンターラインが描かれていなかった。奥には柄沢橋と思われる大きな橋がかかっているように見えるが、今回は時間的余裕がなくなってきたため、この場所からの撮影に留める。
こちらは来た道を振り返って撮影したところ。陽が影っていることもあるのだが、アスファルトを敷いてまだ日数が経っていないと思われる黒っぽい路面である。水場はこの左カーブのすぐ先にあった。
時刻は12時35分、新道とは別れを告げ、これより旧道に入る。
旧道を少し進むと、前掲の大型バスが写っていた写真にも小さく写っていたのだが、ご覧のように工事用車両が縦列駐車していた。あと一週間でセンターラインを含めて細かい部分の仕上げがなされるのであろう。
新道に比べれば幅員は狭いものの、乗用車同士のすれ違いにはまだ余裕がある広さの路面。
と思っていたら、急激に狭くなってきた。路肩が草と落葉と泥で侵蝕されつつある。前方には小さな橋がかかっている。国土地理院の地形図ではまだぎりぎり幅員5.5m〜13.0mの道路として描かれているが、実際には5m前後しかないように見える。
左側手前の欄干が一部崩れている。右側の欄干に至っては総崩れで、ロープと赤テープで代用されている。しかし路面はしっかりとしていて通行に支障はないようだ。
国道289号線、甲子峠通行不能の看板。平成の市町村大併合により建設事務所の名称も南会津に変わったのか、白いシールで修正してあった。
ちょうど地形図で幅員3.0m〜5.5mの道路に表示が変わる近辺である。前方には冬季通行止用の移動式バリケードがやる気のない中途半端な向きで放置されている。
開口部の路幅は狭いように見えるが先ほどのロングタイプのバンも引返してこないのでここを通って行ったはずだ。
国道指定されてはいるものの、この先は幅員4.0mの甲子林道となる。
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